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2004年01月25日(はてなダイアリーバックアップ用ミラー)

いろいろと本を買いました。

ボチボチとここ最近で買った本をメモっておきます。

こんな本買ってますということで。

ヘタレなので、読み終わるのはいつになるかわかりませんけれど。

  • 中村元『論理の構造(上)』
    • 印度哲学本。という特殊ジャンルのため、哲学本の中でも、かなり固有名詞についていけない部分の多い一品だが、不思議と読みやすく、興味深い。
  • 立岩真也『自由の平等』
    • 立岩本。2冊目。しかし前に購入した『私的所有論』も未だ読んでない…
  • 杉田敦『権力』
    • ダールの権力論から易しく概説。
  • 杉田敦『node 反電子主義の美学』
    • 権力論の杉田敦がこんなわけのわからん美学本を?!と思ったが、多分違う人。「反電子主義」などという副題だったので買いました。でも、はやくも序章を読んでげんなりしています…
  • 西村清和『現代アートの哲学』
    • ゲームや遊び論でも本を書いている西村さんによる、分析系の美学入門教科書らしい。
  • 井上達夫『他者への自由』
    • 井上達夫触れたことなかったので、触れてみようと思い初購入。
  • ロスバード,マリー『自由の倫理学』
    • 古典。読み終えられるだろうか。
  • ボードリヤール『不可能な交換』 
    • 昔はバカにしていたけれども、ボードリヤールの議論は意外とバカにしたもんでもない、と最近思えてきたので
  • 『自由のバラドックスと弁証法』
    • 議論の水準は今ひとつな印象を受けたが、リサーチがご立派。
  • G・E・ムーア『倫理学』
    • 功利主義の歴史に大きな足跡を残した一冊。なかなか読まずに所有してるだけの年月が長くなる予感。
  • 橋爪大三郎『<言語派>社会学』
    • 実は、橋爪さんの本をあまり持ってないということに気づいた。
  • 高根正昭『創造の方法学』
    • 社会科学に携わる人間なら読んどいて損はないぞ、と言われたので。

2003年10月23日(はてなダイアリーバックアップ用ミラー)

サイード死去

サイードたん、先月に亡くなってたんだ。知らなかった。

http://news.goo.ne.jp/news/asahi/hito/20030926/K0025200708093.html

『オリエンタリズム』は上下刊を古本屋で揃えた後、いまだに100ページも読み進められていないのだけれども。

そういえば、大物の死去といえば、前に2chで「次に死ぬ大物を当てるスレ」で、「ブランショなんてどうよ」とかって言ってたときに、ほんとにブランショが死んだのには驚いた(2003年2月26日)。ブランショの死を予測した2chネラーの人すげぇ!っていうか、私はブランショがまだ生きているということが驚きだったね。だって、1907年生まれでしょ。あの人。去年死去したガダマーなんて1900年生まれだし。最近*1の大物は長生きしすぎじゃねえ?

とか思ってたらサイードはまだ67歳という年齢で死んでしまった。若い!*2

オリエンタリズム〈上〉

*1:っていうか20世紀前半~中盤?

*2:ガダマーの102歳とかと比べたら

2003年09月25日(はてなダイアリーバックアップ用ミラー)

東浩紀DVD

人から、東タンの動物化どーたらのDVDをちょっとだけみせてもらう。

http://www.t3.rim.or.jp/~hazuma/dis/dvd1/dvd1.html

最後のほうで、ギャルゲーについてグダグダ語っているところが、一般の「オタク」と何も変わらないようにしか見えなかったのが、かなりウケた。

もし、これが東浩紀だと知らされてなければ絶対に「あー、ギャルゲーについて秋葉原の住人が語ってるなあ」ってな雰囲気が印象的。ナイス。

2003年09月13日(はてなダイアリーバックアップ用ミラー)

『日本の童貞』渋谷知美 文春文庫

日本の童貞

本書は私が依拠することもけっこう多い、構築主義的アプローチとか言説分析とかいわれている方法論によって、日本における1880~現在までの「童貞」をめぐる<言説>がいかに構築されてきたかを克明に解き明かす研究書。著者の修論のやきなおしである。赤川学さん(『セクシュアリティの歴史社会学』オナニー言説史の決定版)周辺の人らしく、資料も多く共有している様子。

その種の研究所としてまじめに読んでもいいのだけれども、そういう視点を持たずとも、素でバカウケしてしまうネタがてんこもり。

 具体的に引用すると以下のような感じ。

●P18------------------------

 ・・・ちょっと信じがたいことだけれども、澤田は、オナニーをしたら童貞ではないと考えていた。

 ある人から澤田のもとに手紙がきた。それにはある質問が記されていた。現代語にするとこうなる。

 「童貞を、異性と性交したことのない者と、狭い意味で解釈することは理解している。では、1.異性との性交を空想したことのある童貞はどうなるのか。おそらく純粋な童貞と見なされないだろうが、肉体的には童貞として通用するのか。2、オナニーをした者の童貞性は無価値なのか」という質問である(澤田前掲論文、二〇-一頁)。

 澤田は「条理ある質問にこそ思った」と膝をうっている。そして丁寧に解説する。

 1については、もちろん純粋な童貞とはいえない、としている。しかし・・・

●P120------------------------

 『微笑』は、経験の多い女性にむけて、いかにして童貞男性を迎え入れたらよいかを指南する記事作りをした。「童貞夫 いま激増中の”清潔な男”との初夜と性生活 不安なあなたへ!」(74-02)、「年齢に似合わず、まだ女を知らない。あるいはプロの女性のみ経験――こんな性に未成熟な男性がいっぱい。もし、あなたがめぐり合ったら」(84-02)という両記事は、いわば女性むけ「童貞対応マニュアル」である。

 童貞夫に自信を持たせるよう、夫の好きな料理を作ってあげなさい、ワイシャツのボタンが外れたらすぐ付けてあげなさい、朝の出勤時は駅まで送っていきなさい、などの日常生活の心得から、「最初のキスで、あなたから下を入れてはいけません!男はリードされ過ぎるとシラケルのです」「脱いだ下着は、夫にまかせておきます。もし枕元においたらそっと隠してください」といった性交時のアドバイスまで、記事は過剰なまでの親切心であふれかえっている(74-02)。きわめつけは、「”処女を装う”エクスタシー用語集」だろう。

 お母さん・・・初めてへの不安とこわさ。/許して・・・受身の女性らしい表現。/こわい/痛いい・・・イ音を引っぱると女らしく響く。痛いワァの言い方ですととてもエレガントです。/あたるゥ・・・男性自身が触れたとき。/イヤ、イヤ、許して・・・頭を左右に振ると効果的。女性の本能である拒絶反応を意味する。/ダメダメ(声を出したほうが親密度が高まる)(74-02)

 こんなことを本当にいう女性がいたら、そのことのほうが「こわい」。…

 …(中略)…男性が性行為に失敗したら「慰めたり、励ましたりは逆効果」「あなたから先手を打って彼に思わず抱きつき『こわいわ』とささやくなど、彼に屈辱感を与えない配慮を!」と男性の自尊心を守るノウハウを伝授する(84-02)

●P126------------------------

 刺激的なセックス記事でならした『平凡パンチ』ですら、創刊まもない一九六四年の文体はおとなしく、まじめな印象だ。それは『平凡パンチ』の回顧録を記したマガジンハウス書籍編集部をして「今、これを読み返すというは(略)古色蒼然たるものがある」といわしめ、「この時代はいわば、マスメディアの世界での若い世代の男女交際の記事作りについては黎明期というべき時期にあった」と結論させる時期の文章である(『平凡パンチの時代』六五頁)

 体験者は、ほとんどセックスライフの意義を、童貞者より重く見ている。/セックスライフの意義を正当に評価しながら、しかも、女性に対して、やたらと性の妄想にわずらわされないようになること――これが、正常なオトナになるということだろう。(64-02)

それが一七年たつと、こうなる。、一九八一年の『平凡パンチ』からである。

〔体験後は〕ナオンに対する印象も変わる。たとえば、ナオンがあの時に発するあえぎ声。股をおっぴろげた、あられもない姿。/もちろん、こういうことは、オレたちとしても、先刻ご承知だ。が、そうは言うものの、知識として知っていることと、実際に経験することとの間には、赤ん坊のポコチンと怒髪天を突き、毛むくじゃら、亀頭りゅうりゅうたる巨根くらいの差がある(81-02)

●P171------------------------

 目をひくのは、歌手の松任谷由実の、恋愛相談での回答である。「努力しているのにガールフレンドができない」という男性にたいして、松任谷は「あなた、童貞じゃないのかな?〔略〕ハタチすぎた童貞というのは”ニキビの先が黒い”という感じでね。どうしても気持ち悪く見えてしまうんだ〔略〕だから、どんな捨て方にしても、とにかく童貞を捨てること」(80-01、引用は初出の『GORO』一九七九年七月一二日号より)と回答している。

 「ハタチすぎた童貞」を「気持ち悪」いと簡単にいってしまうことにも驚きをおぼえるが、「どんな捨て方にしても」というのも恋愛の神様らしくない。「どんな」というのには性風俗での童貞喪失もふくまれるだろう。だとすると、北方謙三の「一日も早く、女を知れ!商売女でもいいから、女を知れ!」(『試みの地平線』三二頁)とかぎりなく近くなる。「恋愛の神様」として当時の若者の絶大な支持を集めた女性歌手と、ハードボイルドな作品で名をはせるマッチョな男性作家は、意外にも童貞について意見が一致していた。

2003年05月06日(はてなダイアリーバックアップ用ミラー)

『哲学案内』 谷川徹三 講談社学術文庫

 昭和29年にかかれているという古さを感じさせる一冊。

 実存主義が「ニヒリズム」というレッテルを貼られて非難されているのとかが面白い。「てめえのはニヒリズムじゃねえか!」という攻撃の仕方というのは、けっこう昔からの定型的な非難の仕方なのかしらん。

2003年05月04日(はてなダイアリーバックアップ用ミラー)

『なぜ人を殺してはいけないのか』永井均×小泉義之 1998 河出書房新社

 はじめから期待はしていなかったが、もうちょっと読むに足る内容であって欲しかった。特に小泉さんの議論には絶望的なものを感じる。永井さんの方は、議論の実りのなさをよくよく認識されているようだし、異論がないわけでないが言っていることはよくわかる。しかし、小泉さんの議論は一体なんなのか、と。特にロールズへの批判はなんなんだ、これは一体。レヴィナスってこんなに陳腐な話になるんかい。ただ難解なだけのオヤジの説教だろ、これじゃー。

 そして、さらに落ち込むのは、倫理学に批判的である永井さんの方が、実際には倫理学的な議論をして(=行動選択の基礎となる論理を構築している)いて、“レヴィナスの倫理”をふりかざす小泉さんの議論がただの説教オヤジにしかなっていない、という、この状況。がっくり。

2003年04月20日(はてなダイアリーバックアップ用ミラー)

谷徹『意識の自然』

 第一部第三章で、イデアリテールと、リアリテールという用語が何を言っているのだかさっぱりわからなくなり脱落。わかる人いたら教えてください。